ファームキャニングは、畑や食を通じて「自然ともう一度つながる」きっかけをお届けしたいと考えています。
その想いを支えてくださっているのが、自然の循環を大切にしながら、農業や水産業、林業などに携わる生産者のみなさんです。
このコラムでは、私たちが出会ってきた生産者さんの想いやものづくり、そして自然との向き合い方をご紹介していきます。
私たちが惹かれた人や、その土地ならではの風景、ものづくりへの想いをお届けしながら、食と自然のつながりを感じていただけたら嬉しいです。
自然の環境に近い形で椎茸の菌床栽培を実施。旨味をとことん追求するためお日さまの光を浴びるようにしながら栽培しています。@nagashima_nouen
今回ご紹介するのは、横浜市金沢区にある永島農園です。
横浜というと、高層ビルや港町の景色を思い浮かべる方が多いかもしれません。
そんな大都市・横浜で、永島農園は500年以上にわたって農業を続けてきました。
時代が変われば、人々が求めるものも変わります。
かつては皇室へお米を献上し、地域でいち早く果菜類の栽培に取り組み、野菜から花卉栽培へと転換し、さらには園芸店を始めるなど、その時代に合わせて挑戦を重ねてきた農園です。
都市だからこそ伝えられる農業の価値
横浜では都市化が進み、農地は少しずつ姿を消しています。
農家の数も、耕作面積も減少していく中で、「都市で農業を続ける意味とは何か」を何度も考えたそうです。
その答えが、「農業の楽しさ」と「農産物のおいしさ」を伝えること。
永島農園では野菜や椎茸を育てるだけではありません。
収穫体験や農園BBQ、加工品づくり、直売所での販売など、生産だけで終わらない農業に取り組んでいます。
畑に来てもらい、人と人がつながり、「農業って面白い」と感じてもらうこと。
そんな体験そのものも、大切な農業の仕事だと考えています。
お日さまが育てる、旨味たっぷりの椎茸
ファームキャニングで使用しているのは、永島農園のお日さまシイタケです。
一般的な菌床椎茸は、室内で光を遮って育てられることも少なくありません。
一方、永島農園では自然の環境に近い形で菌床栽培を行い、お日さまの光を浴びながら、井戸水で育てています。
光を浴びることで、旨味がしっかりと乗った、香り豊かな椎茸になります。
「安全なのは当たり前。その先の、おいしさやワクワクを届けたい。」
そんな農園の想いが、この椎茸には詰まっています。
創業期から支えてくれた、大切なご縁
実は、永島農園とファームキャニングとのご縁は、創業間もない頃までさかのぼります。
友人から、「三浦半島エリアの農家さんとのつながりがとても強い人がいる」と紹介されたのが永島さんでした。
そのご縁をきっかけに、私たちはブロ雅農園をはじめ、多くの生産者さんともつながることができました。
ファームキャニングにとって、まさに立ち上げ期を支えてくださった恩人の一人です。
人気商品の誕生は、何気ない一言から
そして現在、多くのお客様に愛されている人気商品の一つが、永島農園の椎茸から生まれた KINOKO CARNIVAL シイタケ です。
でも実は、この商品は最初から作る予定ではなかったんです。
以前、永島農園から「椎茸デュクセル(ペースト)の製造をお願いできないか」という相談をいただいたことがありました。
その時は様々な事情もあり、お引き受けすることができませんでした。
その後、その製造が行われなくなったことを知り、2023年頃、スタッフみんなで永島農園を訪れた際に、「これをファームキャニングらしく商品にできないかな」という話になりました。
「ペーストにしたら絶対おいしいよね。」
そんなスタッフの何気ない一言から試作が始まりました。
それ以前には、丸ごと椎茸を使ったアヒージョのびん詰めも販売していましたが、原価や製造コストなど課題も多く、継続が難しい商品でした。
試作を何度も重ね、椎茸の旨味をぎゅっと凝縮したペーストへと形を変えたことで、椎茸のおいしさをより引き出せる商品が完成しました。
今ではファームキャニングを代表する人気商品の一つとなり、多くのお客様に選んでいただいています。
ひとつのびん詰めが生まれる背景には、生産者さんとの会話や試行錯誤、そして「もっとおいしく届けたい」という想いが重なっています。
「夢のようにおいしい!」と評判のキノコのペースト。お日さまの光と井戸水で育てたシイタケを贅沢に使いました。お求めはこちらから
食材だけでなく、想いも届けるために
ファームキャニングは、生産者さんから食材を仕入れるだけではなく、その人の想いや挑戦ごと一緒に届けたいと考えています。
永島農園のお日さまシイタケを味わうとき、ぜひその背景にも思いを巡らせていただけたら嬉しいです。
500年以上受け継がれてきた農業と、新しい挑戦を続ける農園。
その歩みは、私たちが目指す「食を通して自然ともう一度つながる」という想いとも、どこか重なっているように感じています。
